――夜明け前、扇風機の羽根がかすかにうなる。 歌詞欄(Lyrics)――夜明け前、扇風機の羽根がかすかにうなる。 テツヤの熱がまだ指の関節に宿る。 キーボードの溝に落ちた汗は、 最後のセミの声を吸いこんで 蒸発を急ぐ。 灰皿のフチでくすぶるタバコは、 誰にも読まれないテガミのように 薄く青い。 私は嫌悪という名のフォルダを丸ごと選択し、 右クリックで〈さくじょ〉を選び、 確認ダイアログに ためらいを押しつける。 ――ごみ箱はからになりました。 がらんどうのハードディスクで、 空洞だけが 薄笑いを浮かべる。 朝焼けは、喫茶店で飲み残したグレープフルーツジュース―― 底に沈んだ オレンジとピンクの境界をにじませる。 窓辺のカーテンを透かして、 「今日」が じわりと光り始める。 立て直そうと走るたび、 空回りの歯車が きしんで火花を散らして 部屋の空気はいつも夜のにおい―― 残り香をかすかに帯びた、 タバコとビデオの磁性粉の匂い。 レジで受け取った領収証の裏に、 「んー?」と走り書きする。 薄い感熱紙の文字は 湿気に負けて滲み、 私の影と同じ速さで 褪せてゆく。 川端を歩けば、 夜通し点灯した街灯の蛍光がまだ白くて 橋の上の鉄骨は ぬるい空気を抱いて膨張している。 ――中也の詩集をポケットで汗がにじむほど握りしめ、 「何者にもなれないまま朝を迎えた」 ひっそり反芻する。 それでも、 削りすぎた鉛筆の芯を光らせる 折れるたび鋭く、折れるたび短く。 * タバコのにおいしかいないこの部屋で “ノーセーブ”を選ぶ勇気を 私はまだ探している。 長い夕立の名残が 畳に影を染め、 夏の朝が 私のむき出しの肩を撫でて過ぎる。 窓辺に積んだ眠れない灰が 扇風機の風に巻き上がり、 再起動の青い光が 瞳孔でひらく。 私は――まだ折れていないよ 探して。 闇より濃いインクで 明日を下書きする。 |